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軽井沢シングルモルト21年の買取・査定

(karuizawa 21years single malt)

軽井沢シングルモルト21年(karuizawa 21years single malt)

生産情報

生産国     
日本
地域
長野
地区
北佐久郡    
御代田町
作り手
軽井沢蒸留所

詳細

分類    
ジャパニーズウイスキー
タイプ
シングルモルト・ピュアモルトウイスキー
原材料
大麦 酵母 グレーン

高価買取ランク

rank5

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軽井沢シングルモルト21年(karuizawa 21years single malt)の特徴

ジャパニーズウイスキーの歴史と発展を語るうえで、決して外すことができない銘柄、それがかつて軽井沢蒸留所で製造されていた、軽井沢ウイスキーです。

非常に残念なことに軽井沢ウイスキーの知名度はそれほど高くはありません。しかし、知る人ぞ知る高品質ウイスキーとして、ウイスキーファンの間では熱狂的人気を持っている銘柄です。

 

しかしながら、軽井沢蒸留所が既に閉鎖されてしまっているため、軽井沢蒸留所から新しくウイスキーが造られることはこの先は決してありません。

閉鎖されたときに蒸留所に保管されていた少量の原酒樽を買い取った、ボトラーズと呼ばれる瓶詰業者から、現在でも細々とリリースがされることはありますが、それでもその本数は非常に少なく、またいつまで発売が可能かはもはや誰にもわかりません。

そうした事情もあり、軽井沢の名前を冠したウイスキーはその希少価値があまりにも高いため、新規で発売されても即日完売してしまうほど。二次流通の市場でも価格の高騰はとどまるところを知りません。

 

小規模蒸留所だからこそできるきめ細やかなウイスキー造りの技術は国内外問わず評価が高かったのですが、その一方で流通量の少なさや時代背景から経営不振に陥り、閉鎖されることになってしまったのだと言われている軽井沢蒸留所。近年のジャパニーズウイスキーブームの訪れがあと数年早ければ、今でも経営を続けられていたかもしれないと語る評論家も多いほどです。

 

そんな軽井沢ウイスキーの特徴は、日本でもいち早くスコットランド産麦芽・ゴールデンプロミス種を取り入れたこと。またその熟成のほとんどにシェリー樽を使用することで、ドライフルーツの様な深い味わい感じられるウイスキーを製造していました。また、日本で初めてシングルモルトウイスキーを製造したのも、軽井沢蒸留所なのだと言われています。

 

「軽井沢 シングルモルト 21年」はそんな軽井沢蒸留所からかつて発売されていた、軽井沢シリーズのなかでも最高級ラインナップのひとつです。

「軽井沢 シングルモルト 21年」は、1965年に蒸留されたウイスキー原酒をシェリー樽で21年間以上熟成させ、ボトリングされています。

その生産量は、なんと限定518本のみだったと言われています。その質の高さから発売後間もなく売り切れてしまったことや、軽井沢蒸留所が閉鎖してしまっていること、また近年のジャパニーズウイスキーブームも相まって、現在もウイスキーマニアの間での人気が衰えない、ある種伝説的なウイスキーです。

歴史

軽井沢蒸留所は戦後間もない1955年に、長野県にある浅間山の麓に設立されました。

操業開始時の所有者は大黒葡萄酒でしたが、激動の時代の中で次々とその所有者が変わっていくことになります。

初めの所有者である大黒葡萄酒がオーシャンに社名変更を行ったのは1961年のこと。その翌年である1962年には三楽酒造へと買収されてしまいます。

また、日清製油(現在の日清オイリオ)に一時吸収されていた時期もありましたが、間もなく独立。ブランド名を「メルシャン」に統一します。

その後の2006年にはメルシャンがキリンに子会社化されたことに伴い、軽井沢蒸留所もキリンの所有となりました。

 

こうして軽井沢蒸留所で製造されるウイスキーからは、「オーシャン」「三楽オーシャン」「メルシャン」、そして「キリン」という、社名表記がそれぞれ違うウイスキーが発売されることになったのです。社名表記によって発売された年代が推測できるということは、他のウイスキーではなかなか考えられませんね。

こうした違いは些細なものですが、その歴史的背景からコレクターの間では語り草となっています。そのため、特定の表記のものを求めて、通常の何倍もの金額で取引がされている、という話も残っているほどです。

 

そうして造られた軽井沢のウイスキーは小規模生産ながら、ウイスキー製造にかける深いこだわりによって世界中のウイスキー愛好家から評価されていました。

IWSC(インターナショナル・ワインアンド・スピリッツ・コンペティション)で金賞を受賞するなど、輝かしい経歴を誇っていました。

 

そんな軽井沢蒸留所では2000年まで蒸留を行っていました。

それ以降は新規の蒸留は行われず、既にある原酒の貯蔵・仕込みのみが行われるようになり、経営を続けていましたが、その後の経営難によって2011年には蒸留所を完全閉鎖することになってしまいます。

 

軽井沢蒸留所が閉鎖されたのは、2011年の11月6日。

その最期の日には、国内外を問わず大勢のウイスキーファンが、遠く長野県、軽井沢の地まで足を運び、その別れを惜しんでいたのだそうです。奇しくもその日は昼過ぎから小雨が降りだす天気となりました。ウイスキーファンの悲しみが、涙となって雨を降らせたのだと、後世にも語り継がれています。

逸話

軽井沢蒸留所のウイスキー樽貯蔵庫はその立地からツタに覆われていることで有名でした。ツタに覆われた貯蔵庫というのは世界的にも非常にめずらしく、蒸留所の見学者たちからも、その佇まいがノスタルジーを感じさせると大人気だったそうです。

また見た目だけでなく、そのツタのおかげで貯蔵庫内の温度と湿度が一定に保たれ、軽井沢の冷涼な気候や清廉な水源とマッチして、ウイスキー造りにとって非常に理想的な環境が整っていたのだといわれています。

軽井沢で造られたウイスキーのクオリティの高さや人気の秘密は、こうした周辺の環境によるところもあったのかもしれませんね。

 

そんな軽井沢の人気を象徴づける出来事が、2015年に起こりました。

2015年、香港で開催されたボンハムオークションにおいて、軽井沢の50年ものがなんと1400万円以上(91万8750香港ドル)という超高額で落札されたのです。

この金額は、歴代のジャパニーズウイスキーの中でも最高額を更新したそうで、ジャパニーズウイスキーの国際的な評価の高まりを表す事件として大々的に報じられました。

もちろんそこには、既に蒸留所が閉鎖され、新規にウイスキーを製造することが出来ないという希少価値によって金額が跳ね上がったということもあるでしょう。

しかしそもそもが、軽井沢で造られたウイスキーの質の良さが無ければ起こりえなかった偉業であることには間違いがありません。

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