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宮城峡 12年の買取・査定

(SINGLE MALT MIYAGIKYO 12 YEARS OLD)

宮城峡 12年(SINGLE MALT MIYAGIKYO 12 YEARS OLD)

生産情報

生産国     
日本
地域
宮城
地区
仙台市  
青葉区
作り手 
宮城峡蒸留所

詳細

分類    
ジャパニーズウイスキー
タイプ
シングルモルト
原材料
二条大麦酵母

高価買取ランク

rank5

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宮城峡 12年(SINGLE MALT MIYAGIKYO 12 YEARS OLD)の特徴

北国の寒さで磨かれた重厚で男性的な余市モルトとは対照的に、ほんのりと甘味があり、華やかさと軽やかさを持った宮城峡モルトは女性的とされています。

くせが強くないためにウイスキー初心者でも飲みやすい口当たりで、たくさん飲んでも飽きないという特徴があります。

そして、シングルモルトとは1箇所の蒸留所で造られた原酒を使用しているウイスキーです。

 

宮城峡蒸留所は山形との県境に近い、仙台市中心部から西に25kmほど山へ向かったところに位置しています。余市の重厚な原酒と正反対のタイプのものをヴァッティング(ブレンド)し、ウイスキーに奥行きと幅を持たせたいと創業者の竹鶴政孝氏が考え、建設された蒸留所です。

本場スコットランドのウイスキーを手本にしていた政孝氏は、スコットランド南部・ローランド地方産のウイスキーのように穏やかな風味で軽く甘さのあるものを目指しました。そのため、土地も蒸留方式もローランド地方に倣いました。第1の蒸留方式は蒸気間接蒸溜方式といって、スチームによる方法です。

130℃くらいの低温でじっくりと蒸留することで、華やかでまろやかな原酒を造ることができます。そして、ポットスチルも余市蒸留所と異なる首に膨らみがあるバルジ型です。

 

バルジ型はスチームの流れが複雑になり、多くの蒸気が釜に戻るため、アルコール成分が凝縮されて磨き上げられた味になります。そして、第2の蒸留方式は今や世界で見ても珍しいといわれる旧式のカフェ式連続式蒸溜器による方式です。

ポットスチルとは単式蒸溜器のことで発酵液をその都度沸騰させて蒸留液を抽出しますが、連続式蒸溜器は続けて発酵液を投入し、気化と凝縮を連続させて蒸留器ひとつで完結させます。アルコール度数の高い蒸留液が抽出できるのが特徴といえるでしょう。

また、カフェ式連続式蒸溜器で蒸留すると雑味が多く残りますが、職人の技を持ってすれば素材の風味を残した味わいに変換できます。シングルモルトウイスキーでは宮城峡シリーズの他に、シングルモルト仙台とニッカオールモルトに連続式蒸留器で造った原酒がヴァッティングされています。

歴史

まれで貴重ともいえるカフェ式連続式蒸溜器を開発したのはスコットランドのロバート・スタインで、1862年のことでした。

開発当初はただの連続式蒸溜器でしたが、その4年後にアイルランドのイーニアス・カフェが改良したもので特許が取られます。これにより、連続式蒸溜器はカフェ式、カフェスチル、パテント(特許)スチルと呼び名を変えたのです。

 

高いアルコール度数の原酒ができるようになったことで、ウイスキー界に革命が起こったといわれています。とうもろこしや小麦、ライ麦など、さまざまなグレーン(穀物)を用いたグレーンウイスキー造りが可能になったからです。

グレーンウイスキーはシングルモルトより軽く飲みやすいので、モルト原酒とグレーン原酒をヴァッティングしたブレンデッドウイスキーが飲みやすいと人気を博します。

この後、マイナーな存在だったスコットランドの地酒・ウイスキーが、世界に知れ渡るようになりました。日本に導入されたのは1963年のことで、現アサヒビールの子会社だった兵庫県の朝日酒造西宮工場に置かれました。

このときのニッカウヰスキーは経営が大変な時期だったので、朝日酒造でグレーンウイスキーを造って買い取るという形でやり繰りします。

しかし、経営が上向くと朝日酒造を吸収合併し、カフェ式連続式蒸溜器を自由に使えるようにしました。この頃は既に最新設備でなくなっていたものの、竹鶴政孝氏はこの蒸留器にこだわりました。スコットランドでの研修先、ボーネス蒸溜所で使われていたことが大きな理由だったのでしょう。研修先で飲んだ、きれいすぎずグレーンの風味が残る味わい深いグレーンウイスキーを「ニッカのグレーン」として蘇らせたいと思っていたのです。

 

現在、宮城峡蒸留所では2基のカフェ式連続式蒸溜器があり、通常は2号機だけが稼動しているそうです。そして、稼動するのは月におよそ数回、1週間連続で動き続けます。現在グレーンの他にもモルトを蒸留していて、これは本場でも滅多にないことだといいます。また、カフェモルトを味わえば、誰もがその豊かな風味に驚かされるともいわれています。

逸話

ニッカウヰスキーの余市蒸留所の建設からおよそ30年後、国内初となるモルトウイスキーとグレーンウイスキーを合わせたハイニッカが大ヒットとなり、ウイスキーブームを呼んでいました。

このブームとウイスキー文化が根付きそうな気配を感じ取った竹鶴政孝氏は、新しい蒸留所建設を決意します。

建設地は当時の工場長・竹鶴威を筆頭とした調査チームが挙げた候補地の中から政孝氏が選びました。宮城峡は広瀬川と新川(にっかわ)という2本の清流が流れる緑生い茂る深い谷です。

政孝氏がこの地に下り立ち新川の水を飲んでみたところ、清冽で洗練された素晴らしさに驚嘆したといいます。続いて、持参したブラックニッカを割って飲みその味わいを確かめると、宮城峡への建設を即決したそうです。にっかわという名前もニッカ建設に相応しい場所といえるでしょう。

この新川の川原の端には工場建設決定の記念碑が立てられていますが、社員の間でも有名ではありません。

建設当時は高度成長期の真っ只中でしたが、蒸留所はエコな設計がなされています。これは豊かな自然にウイスキーを育ててもらうという政孝氏の思想の現れでしょう。

全ての電線を地下に埋め、周囲の木の伐採も最低限に留めました。また、自然の地形を守るように建物を建てたので、製造工程ごとに建物が分かれ、その高さもばらばらです。

そして、入り口から600m中に行ったところに並んだレンガ造りの建物は森の中に良く馴染んでいます。そんな奥に建設したのは、鎌倉山を背景にした蒸留所の美しさを訪問者に楽しんでほしかったからだといわれています。

さらに、宮城峡蒸留所の敷地には、建設当初は予定になかったニッカ池があります。これは道路部分に雨水がどんどん溜まっていき大きな穴になったので、新川から水を引いたところ立派な池ができたという話です。

そして、建設を請け負った間組は、完成祝いに贈り物がしたいと政孝氏に申し出ました。そうすると、政孝氏は新川の対岸にある大きな岩を池に置いてくれないかと依頼します。

しかし、意外にもその岩は地中に深く入り込んでいたので、発破をかけて細かくして運ばれました。何とも大掛かりな作業になってしまったため、予定していた移設費用の100万円は600万円にも跳ね上がったという裏話があります。

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