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ドーヴネの買取・査定

(D'Auvenay)

ドーヴネ(D'Auvenay)

生産情報

生産国 
フランス
地方
ブルゴーニュ
地区
サン・ロマン

詳細

分類
白ワイン、赤ワイン
タイプ
辛口(白ワイン)、フルボディ(赤ワイン)
ブドウ品種
シャルドネ、アリゴテ、ピノ・ノワール

高価買取ランク

rank3

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ドーヴネ(D'Auvenay)の特徴

ドーヴネとは、かつてドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティの共同経営者として知られ、現在はドメーヌ・ルロワ他3つのブランドを持つルロワ社の女性社長ラルー・ビーズ・ルロワによって作りだされるワインです。ドメーヌ・ドーヴネは、ルロワ夫人と夫のマルセル・ビーズが完全な個人として所有している農園で、ブルゴーニュ屈指のワイン醸造家でもあるルロワ夫人の意向がもっとも色濃く表現されたワインが、この畑で作られていると言われています。

 
ドーヴネを生み出すぶどう畑は、ブルゴーニュ3大白ワインの産地ムルソーの西、マダム・ルロワの生地でもあるオーセイ・デュレスの北隣にある、人口200人あまりの小さな村サン・ロマンの高台にあります。高名なワインが醸造されている事実を知らなければ誰もが通り過ぎてしまいそうなこの寒村には、日当たりの良い南向きの斜面一体にぶどう畑が広がっており、ドメーヌ・ドーヴネの果樹園も、それらを見下ろすかのような堂々としたたたずまいで建てられています。

 
「ワインは畑が作るもの、生産者はそれを手助けするだけ」とルロワが言うように、ドーヴネに使われるぶどうは、化学肥料や合成肥料を一切用いず、ビオディナミと呼ばれる自然農法で育てられているのが特徴です。ドーヴネのワインには、赤の特級品であればピノ・ノワール100%を原料とするマジ・シャンベルタンやボンヌ・マール、同じく白の特級品にはシャルドネ100%のクリオ・バタール・モンラッシェなどがあります。

 
ドーヴネのワインの中でもとくに人気が高いのが、わずか0.25ヘクタールの畑から年1000本以下しか生産されないマジ・シャンベルタンで、インクを垂らしたかのような深い赤みを持っています。なめらかな舌触りは気品がありしっとりとしていて、後になるほど香りが尾を引きます。味わいはミネラリーでこくがあり、スパイシーな果実の風味がそれにからんできます。

 
また、「良き母」を意味するボンヌ・マールは、女性の唇を思わせる濃い赤色で、タンニンのしぶみがとくに強く感じられます。強いコシがありながら、柔らかさと甘さがほどよく釣り合った絶妙のバランスがあり、まさに母性の優しさと強さを感じさせる懐の深いワインです。

 
ヴィンテージごとに出荷されるのではなく、マダムがじきじきにテイスティングした後で、頃合いのものだけが市場に送り出されるドーヴネのワインは、熟成するほどに味わいが増し、購入から10年~15年の間は理想的な風味と香りが堪能できるとされています。

歴史

ドーヴネのワインが誕生した発端は、マダム・ルロワが生まれた1933年にまで遡ります。天才的なテイスティング能力を持つとされるマダム・ルロワは、ルロワ社の3代目当主アンリ・ルロワの娘として生まれ、3歳のころにはすでにワインのテイスティングを行っていたと言います。そんなマダム・ルロワの父アンリは、彼女の味覚能力を高く評価しており、ソルボンヌを卒業した1955年、わずか22歳にして彼女をルロワ社の4代目社長に就任させます。

 
代々ブルゴーニュでネゴシアン(ワイン商)を営んできた家系にあったアンリは、その元手をもとにしてドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ(DRC)社の株式の半分を購入し、1942年にヴィレーヌ家とともにDRC社の共同経営者となります。アンリは、DRCの改革に惜しみない情熱と努力を注ぎ、害虫や化学肥料によって荒廃してしまったロマネコンティの畑を蘇らせるとともに、同社の経営の立て直しにも成功します。1974年には、彼の意志をついだラルーがDRC社の役員に就任し、このフランス最高峰のワイナリーの経営者の一人として一時代を築いていくことになります。

 
しかし、化学肥料による味の低下など、DRCとは意見の対立も多かったマダム・ルロワは、次第に自分の理想を実現させられる独自のドメーヌの設立を考えるようになります。父アンリの死後、1988年に故郷の地オーセイ・デュレスにドメーヌ・ルロワを、1989年にサン・ロラン村にドメーヌ・ドーヴネを立ち上げたマダム・ルロワは、その方針の対立をめぐって、1992年にDRC共同経営者の職を辞することになります。

 
実際には、あくなき探求心を持ち精力的に活動を続けるマダム・ルロワが、自社の製品よりも優れたワインを生み出すことを恐れた一方の経営者オーベール・ド・ヴィレーヌによって、DRC共同代表の地位を追われたのだという見方がされています。直情的で、妥協を許さないマダム・ルロワは、こうして当代一のワイナリーからは身を引いたものの、その実力は揺るぎがたく、ブルゴーニュでDRCを越えるワインを醸造できるのはルロワだけだとも評されているのです。

 
現在、80歳を超えるマダム・ルロワは、高齢にしてなお現役で畑に立ち、手ずからぶどうの木の手入れを行っています。ドーヴネのワインは、父アンリがラルーを天塩にかけて育てあげたように、マダムが「わが子」と呼ぶほどの情愛をもって、今も彼女自身の手で作り続けられています。

逸話

ブルゴーニュ一有名な女性とも言われるラルー・ビーズ・ルロワには、多くの伝説や逸話がつきまとっています。それらは、もはや毀誉褒貶に類していると言ってもよく、中には「彼女はよそのワイン蔵に特級品のワインを隠している」「彼女のワインは違法な手段によって色付けされている」といった中傷に等しいものまであります。

 
「ルロワはシャネルを着て畑に立つ」というのは、ラルー・ルロワをめぐる噂話のなかでも、最も有名なもののひとつでしょう。ネゴシアンの名家の娘として生まれ、淑女然とした気品を持つ彼女ならではの逸話と言えます。また、徹底して品質にこだわり、経営効率を度外視してでも最高級の製品だけを送りだそうとする、ドーヴネのワイン作りの姿勢を端的に比喩しているとも考えられます。希少性が高く、なかなか手が届かないドーヴネのワインは、まさにワイン界のオート・クチュールでもあるのです。

 
しかし、実際にドメーヌ・ドーヴネの畑に立ち、サン・ロマンの自宅でも見られる彼女の服装は、とても動きやすいラフなTシャツ姿です。まれに高級なジャケットを羽織っていることもありますが、とても驕慢な貴婦人とは見えません。

 

誕生直後には、父親のアンリによって、1929年もののミュジニーが彼女の口に含まされたと伝えられています。彼女の主たる遊び場は、父親の所有するワイン・セラーであり、「私は自然にあるものをただ育てるだけ」とルロワが言うように、そのワイン作りは、彼女にとっては日々の生活の延長線上にあるものなのでしょう。ワイン批評家の大御所ロバート・パーカーが、3種類のものワインに百点満点を与えたときにも、「単なる自然の偶然よ」と謙虚に答えています。

 
一方で、品質に対するこだわりは妥協がないのも事実で、ワインの作付けが思わしくなかった2004年には、特級もののワインと一級もののワインの生産を中止し、すべてのワインの格付けを村名級かそれ以下に落とした上で販売しています。「世界一忙しく、世界一の完璧主義者」と言われるゆえんがここにあります。ドメーヌ・ドーヴネのワインは、マダム・ルロワの手によって、時に優しく、時に厳しく、最愛の家族さながらに育てられているのです。

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