十四代 鬼兜の買取・査定

(Zyuuyondai Onikabuto)

十四代 鬼兜(Zyuuyondai Onikabuto)

生産情報

生産国
日本
地方
山形県村山市

詳細

分類
焼酎
タイプ
米焼酎
主原料
米、米麹

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十四代 鬼兜(Zyuuyondai Onikabuto )の特徴

「十四代 鬼兜」は、山形県にある地酒メーカーの高木酒造が製造している純米焼酎です。ホワイトオークを使ったシェリー樽で熟成が行われているため、通常の焼酎にはない深いコクがあります。味わいとしては、ブランデーやラム酒などに近いものとなっています。

色合いは澄んだ琥珀色をしていて、これも従来の焼酎とは異なっています。グラスなどに注ぐと、淡い黄金色に光って見えます。以前はこの液体の色がよく分かる透明な瓶が使用されていましたが、現在ではどっしりとした質感の青い色のボトルが使われています。瓶口は、コルクでしっかりと栓がされています。

香りはふくよかで芳醇、そしてフルーティーな甘さがあります。また、オーク樽に由来するバニラやナッツなどのフレーバーもあり、シングルモルト・ウイスキーに近い上品な香味を持っています。日本酒的な澄んだ香りと、熟成時についた洋酒的な香りとがミックスされているため、優雅で香り高い焼酎になっています。

飲み口はまろやかで、舌先にわずかに米麹の塩分が感じられます。米の旨みと苦み、そしてほんのりと残る塩味によって、角のないやわらかな飲み心地になっているのです。メーカーでも勧めていますが、ロックや水割りにするよりはそのままストレートで飲むのに適しています。

「十四代 鬼兜」には、それぞれ15年と30年という長期間熟成された原酒が使用されています。これらの原酒をシェリー樽で混ぜ合わせた後、さらに調熱していくことで、日本酒とも洋酒とも違う独特の個性を持った蒸留酒に仕上がるのです。度数は40度で、アルコールの匂いがやや強いため、なるべく低温のまま飲むか、アルコール臭を完全に飛ばしてしまうことでさらに香りが引き立ちます。
「十四代 鬼兜」の命名は、高木酒造のある山形県村山市にかつて存在した鬼兜城にあやかっています。鬼兜城とは鬼甲城とも呼ばれ、現在では石碑だけが残っていますが、地元では古くから親しまれていた城です。
大吟醸酒「十四代」をはじめとして、日本酒の市場で数々の革新を行ってきた高木酒造ですが、この「十四代 鬼兜」にも、伝統の職人技と先進的な技術とが見事に取り入れられています。

歴史

高木酒造が酒造りを始めたのは、江戸時代初期の1615年のことです。

高木酒造は、山形県内でも最も古くからある蔵元の一つで、以来400年にわたって日本酒を造り続けています。最もよく知られている「大吟醸酒 十四代」が生み出されるまでは、「本醸造酒 朝日鷹」が同社の主力商品でした。

「十四代」という名前が付いた日本酒を初めて売り出したのは、現当主顕統の父にあたる高木辰五郎氏です。当初このブランドは高木酒造の古酒を出荷する際に使われていました。高木辰五郎氏は山形県議会議員も務めたという人物で、早くから地場の道路を整備するなどの政治的な取り組みも行っていました。

1968年、辰五郎に1人の子どもが生まれます。現在、高木酒造の第15代目当主となる高木顕統氏です。彼は、やがて地元を離れ、東京農業大学の醸造学科に進学します。いつか家業を継ぐという思いは持っていたものの、彼は都内の有名デパートに就職して、日本酒やハードリカーなどのバイヤーとして働き始めました。

蔵元の子として生まれ、早くから日本酒の味や香りに親しんでいましたが、当時世間で飲まれていた地酒の多くは、新潟県産を始めとする淡麗辛口のものでした。顕統氏は、この頃に酒蔵写真家の名智健二氏とも知り合っています。後に顕統が杜氏として日本酒造りを始めた時、いち早く彼の酒蔵を訪れて写真に収めたのも名智健二氏でした。

高木顕統氏が実家に戻ることになったのは、1968年のことです。すでに県議会議員となっていた先代の辰五郎氏は、高齢で引退した山内杜氏に代わって、本来杜氏を務めるはずのない主顕にその任につくように説得したのでした。

彼はある志を持って山形へと帰ります。それは、自分が気に入らない酒は絶対に世に出さないというものでした。「飲み口が良く、すうっと入る」日本酒を造る、「絶対に妥協しない」とも述べています。この言葉からも、彼がいかに固い決意を持っていたかが分かります。

そして、体重を10キロも落とし、最終的には病院に救急搬送されるような激務を乗り越えて、本格的な大吟醸酒の誕生に漕ぎ着けます。この大吟醸酒こそ、後に高木酒造の名声を不動のものとする「十四代」でした。この酒が出来上がった瞬間、蔵人たちは皆一様に驚愕したと言います。

以来、高木酒造は吟醸酒だけでなく本醸造、焼酎、と次々とヒット商品を世に送り出してきました。どれもネームバリューに劣らない、時代のトップランナーとなり得る名酒ばかり。「十四代 鬼兜」は、そうした中、高木酒造の創業373年を記念して発売されたのです。

エピソード

「十四代 鬼兜」に使用されている水は、桜清水という自然湧水です。この水はミネラルウォーターとしても販売されていて、高木酒造では生活用水から酒造りにまでこの名水が使われています。

高木酒造がある村山市は、山形県内でも有数の豪雪地帯で、雪解けは早くても3月下旬です。積もった雪は根雪となって地面に浸透した後、約100年の時間をかけて流れ出してくると言います。高木酒造では、この湧き水を地下25メートルの深さから汲み上げて仕込みに使っているのです。

寒冷な気候のため、もろみが発酵する際にはゆっくりとした仕上がりになります。この自然の低温発酵により、フルーティーな甘い香りを持つ大吟醸酒などを造りやすいのです。また、もろみから搾り終えた酒は、雪の中にあるタンクでそのまま冷却されます。高木酒造で造られる名酒の数々は、すべてこれら自然の恵みを存分に利用して造り出されています。
高木酒造では、「十四代 鬼兜」のことを「蘭引酒」と称していますが、これはポットスチル以前に使用されていたアランビックという蒸留器の名前に基づいています。

アランビックは、中世のアラビアで発明されたと言われ、蒸留酒だけでなく薬やエッセンスオイルなどの精製にも使用されています。
「十四代 鬼兜」などの名酒は、このアランビックによって蒸留が行われているのですが、現在高木酒造にある蒸留器は14代目の高木辰五郎氏が自ら製作したものです。15代当主の顕統氏は研究熱心なことで知られていますが、その気質は、彼以前の世代から脈々と引き継がれているものだということが分かります。

ちなみに「十四代」というブランド名は、昭和40年代に高木辰五郎氏が商標登録したものです。その際には、十三代や十五代、十六代という言葉についても申請をしましたが、許可されたのは「十四代」だけでした。

この出来事は、先代の辰五郎氏が高木酒造の末永い発展を願ったゆえのエピソードだと言えそうですが、当代の高木顕統氏もその息子の誕生にあやかった名前を日本酒につけているなど、受け継いだものは技術や情熱だけでなく、家族愛も同様だったということなのでしょう。

高木酒造では、年間20万本を超える日本酒と焼酎を生産しています。15代目が大吟醸酒「十四代」を発表してからすでに20年が経過していますが、伝統的な家族経営を維持しながら、多彩な製品造りに挑み続けている高木酒造は、今もなお日本の地酒界のホープであると言えます。

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