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竹鶴の買取・査定

(taketsuru)

竹鶴(taketsuru)

生産情報

生産国     
日本
地域
北海道 宮城
地区
余市郡 仙台市    
余市町 青葉区
作り手
余市蒸留所 宮城峡蒸留所

詳細

分類   
ジャパニーズウイスキー
タイプ
ピュアモルトウイスキー
原材料
大麦 酵母 グレーン

高価買取ランク

rank5

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竹鶴21年(taketsuru 21years)の特徴

ニッカウヰスキーの看板商品「竹鶴」。その由来はこの会社を創業した一人の日本人醸造技師にしてビジネスマンだった男の名字から来ています。その名は「マッサン」の愛称で知られる竹鶴政孝(たけつる・まさたか。1894~1979)。広島県竹原に造り酒屋の三男に生まれた彼は大阪高等工業学校(現在の大阪大学工学部)を卒業後、摂津酒造(現在の宝酒造)を振り出しに洋酒造りに携わり、その後、英国スコットランドに留学して現地の蒸留所に武者修行をしながらウイスキーの製造技術を習得。帰国後、寿屋(現在のサントリー)に入社して本格的なウイスキーを製造するようになりました。
その後、1934年に寿屋から独立して大日本果汁を設立し、1940年遂に自社製ウイスキー第一号の発売に成功。それからほどなくして太平洋戦争開戦と同時に海軍監督工場となり、敗戦後は、あれほど頑なに製造販売を拒否していた安価な三級ウイスキーを商品化しましたが、あえて原酒を当時の酒税法上の上限いっぱいの5%まで入れる本物志向の製品づくりを守ったエピソードは有名です。商品構成はベーシックモデルのハイニッカから「髭のウイスキー」の愛称で知られているブラックニッカ、愛妻リタ夫人の思い出と愛情を込めた一品として発売したハイグレードモデル・スーパーニッカ、ブレンデッドウイスキーの最高峰ザ・ニッカに至るまでブレンデッドウイスキーだけでも豊富な種類が揃うようになりました。その一方で、ピュアモルトウイスキーやカフェグレーンウイスキーにも独自のラインナップを展開しています。
その中でも今回紹介する竹鶴21年は、そんな竹鶴政孝御大のこだわりの美学を形にした名品です。ニッカウヰスキー創業の地・北海道余市と、東北一の杜の都・仙台郊外の二か所に展開する蒸留所で仕上げたモルト原酒の中から選りすぐったものを特別にヴァッティングして、独特の風味と香りに仕上げています。
1934年の創業以来、石炭直火蒸溜という伝統的な製法を頑に守り続ける中から醸し出される力強い個性を持っている余市蒸溜所と、1969年に操業を開始し、その華やかでやわらかな個性を持つ宮城峡蒸溜所で培われた二つの技と心が絶妙な二重唱(デュエット)を奏でる至高の一献です。

歴史

ニッカウヰスキーは1934年に竹鶴政孝氏が北海道余市郡余市町に創業した大日本果汁が母体になっています。創業当初はウイスキーが出来上がるまでのつなぎに現地特産のリンゴを原材料に使い、当時としては贅沢で珍しい天然果汁100%のアップルジュースを商品化して発売し、さらにアップルジュースをもとにアップルワインを創案して商品化するなどして会社の基盤を築いてきました。
1940年、遂に待望のニッカウヰスキー第一号モデル発売しました。しかし、1941年に太平洋戦争が勃発したためニッカは海軍監督工場となり、一般のお客様がニッカのウイスキーを飲めるようになるのは敗戦後を待たねばなりませんでした。

1950年、三級(当時の税制上の等級)ながらも一級並みの旨さをキャッチコピーにしたスペシャルブレンドウイスキーを発売。その後、1956年にはブラックニッカ(1965年現行型にモデルチェンジ)を、1962年にはスーパーニッカを、1964年にはハイニッカをそれぞれ発売し、「本物のウイスキーをつくりたい」という竹鶴氏のビジョンは今や豊富なラインナップとして形になり、多くの人々に愛されています。

時は変わって、1967年2月に竹鶴政孝氏は第2の蒸留所を建てるべく日本全国を視察したのち東北地方も巡回し、同年5月に現宮城峡蒸留所のある土地を視察した折、近くに流れる新川川の水を飲んで、即座に建設の決定を下しました。こうして同年11月着工、1969年3月落成と同時に蒸留器の火入れ式が催され、竣工式は1969年5月10日に華やかに開催されました。

そして、20世紀も終わり近い1997年、遂に12年物のモルトウイスキーをヴァッティングしたピュアモルトウイスキー「竹鶴12年ピュアモルト」が発売になりました。このウイスキーは「ブレンデッドウイスキーのように飲みやすいピュアモルトウイスキーをぜひ飲んでみたい!」というご要望に応える形で企画・商品化されたもので、宮城峡のモルト原酒と余市のシェリー樽モルト原酒が綾なすその独特の風味は発売と同時に大好評を博しました。

現在はノンエイジものの竹鶴ピュアモルトをはじめ、21年物だけで仕上げた一品竹鶴21年、25年物の風格が生きている竹鶴25年などの豊富なラインナップが揃っています。

逸話

竹鶴21年には、さまざまなエピソードが満艦飾のごとくにギッシリと詰まっています。
宮城峡蒸留所建設の折、竹鶴初代社長が建設予定地候補の近くに流れる新川川(にっかわがわ)の清流を汲んで試飲したところ、その清冽で磨かれた味に驚嘆し、建設を即断で決定したというエピソードは知られていますし、竣工式の最中に会場に訪れた竹鶴氏が妙な臭いに気づいたところ、後で調べるとそれは壇上に掲げられた看板のペンキのにおいで竹鶴氏以外に誰も気づいた人がいなかったので、誰もが氏の敏感な嗅覚にいたく驚嘆したのも往時を知る社友たちの中では語り草になっています。

また、この竹鶴が発売された当初、営業マンたちは敢えて商品を表に出す代わりに竹鶴初代社長の生涯とそのエピソードを前面に持ち出して販売活動を展開してお得意先の共感を誘っていますし、それが見事に効果を発揮して、竹鶴シリーズは今日に至るまで当該クラスの中でも好調な売れ行きを伸ばしています。

さらに、竹鶴シリーズは日本を代表するピュアモルトウイスキーとして宮中晩餐会をはじめとする華やかな外交の表舞台も彩っています。2016年5月、三重県伊勢市を会場に開催された第42回先進国首脳会議・伊勢志摩サミットで各国の大統領・総理大臣とその一行をもてなす宴席に、なんとこのニッカウヰスキー・竹鶴が提供されてホスト役の安倍晋三現総理をはじめオバマ米国大統領、キャメロン英国首相、メルケル独国首相、オランド仏国大統領など出席した首脳陣とその側近たちがその絶妙な味と香りを心行くまで堪能しています。竹鶴シリーズはその味と香り、高い品質から国際的なコンテストで数々の賞に輝き、世界中から高い評価を得ています。

このように、竹鶴シリーズはウイスキー造りに青春と情熱とロマンを燃やした一人の男のドラマが一滴一滴の中に息づいている逸品として、日本国内のみならず、海外においても多くの人々に愛されているウイスキーです。

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